鹿児島地方裁判所 昭和41年(ワ)18号 判決 1967年9月21日
昭和四一年(ワ)第一八号事件原告兼同年(ワ)第七八号事件被告(以下、単に「甲原告」という) 浜崎富次
右訴訟代理人弁護士 森貞彦
昭和四一年(ワ)第一八号事件被告兼同年(ワ)第七八号事件原告(以下、単に「乙被告」という) 山下ムツ子
<ほか五名>
右乙被告六名訴訟代理人弁護士 岩切清治
昭和四一年(ワ)第一八号事件被告「以下、単に「丙被告」という) 沢田嘉明
主文
1 乙被告らは、甲原告に対し別紙第一目録記載の土地および同第三目録記載の建物につき真正なる登記名義の回復を原因として所有権移転登記手続をせよ。
2 丙被告は、甲原告に対し別紙第二目録記載の土地につき昭和参七年参月八日鹿児島地方法務局指宿出張所受付第壱、〇参五号をもってなされた所有権移転登記の真正なる登記名義の回復を原因とする抹消登記手続をせよ。
3 乙被告らの請求を棄却する。
4 訴訟費用は、乙被告らおよび丙被告の負担とする。
事実
(昭和四一年(ワ)第一八号事件関係)
甲原告訴訟代理人は、主文第一、二、四項と同旨の判決を求め、その請求の原因として、
一、別紙第一および第二目録記載の各土地並びに同第三目録記載の建物は、甲原告の所有に属するものである。すなわち、
(一) 右各土地および建物は、もと甲原告の実父である訴外亡浜崎熊太郎の所有であった。
(二) 浜崎熊太郎は昭和三四年九月六日死亡し、甲原告が相続人として右各土地および建物を承継取得した。
二、しかるに、訴外山下忠は、同第一目録記載の土地および同第三目録記載の建物につき昭和三七年三月八日鹿児島地方法務局指宿出張所受付第一、〇三四号をもって同年同月五日付売買を原因とする所有権移転登記を経由している。
三、また丙被告沢田嘉明は、同第二目録記載の土地につき昭和三七年三月八日同出張所受付第一、〇三五号をもって同年同月五日付売買を原因とする所有権移転登記を経由している。
四、ところで、前記山下忠は、昭和四二年一月一一日死亡し、乙被告らがその相続人として山下忠の権利義務を承継した。
五、よって、原告は、真正なる登記名義の回復を原因として、乙被告らに対し第二項掲記の土地および建物につき所有権移転登記手続を、また丙被告に対し第三項掲記の土地につき所有権移転登記の抹消登記手続を求める。
と述べ、乙被告らの抗弁は認めると述べ、再抗弁として、
一、山下忠が昭和三七年三月五日訴外中野獅太郎から別紙第一目録記載の土地および同第三目録記載の建物を買受けて所有権を取得したこと、および丙被告が同日山下忠を通じて右中野から同第二目録記載の土地を買受けて所有権を取得したとの事実はいずれも真実に反する。甲原告の亡父浜崎熊太郎は、その生前の昭和二十八、九年頃金貸業者の中野獅太郎から数回にわたり金員を借用し、その担保として同第一および第二目録記載の各土地および同第三目録記載の建物を譲渡担保に提供し、その際右熊太郎が借金を支払ったときは、再び熊太郎に所有権移転登記をすること、その間他人には絶対に上記土地建物を譲渡しないことという約束で右中野に所有権移転登記をなしたのである。ところが、熊太郎が死亡するや、山下忠は甲原告に対し上記土地建物を中野獅太郎名義のままにしておくと他に売却される危険が多分にある、早く借金を支払って名義替えをしておいた方がよいと度々親切ごかしに勧め、始めはこれに耳をかさなかった甲原告も右山下の「その借金は自分が立替えておくから」との言葉を信用し、遂にその気になり、右中野に面接した。右中野は上記貸金が元利合計すると金四十余万円になると主張したが、交渉の結果漸やく金二三万九、〇〇〇円に打ち切ってもらい、右山下から借り受けた金員をもって昭和三七年三月初め頃右金二三万九、〇〇〇円を支払って熊太郎の上記債務を完済した。右中野は、その場で借用証書および権利証書を甲原告に返還し、何時でも上記土地建物の名義替えをすると約したのである。甲原告は、山下忠の好意により上記土地建物を取り戻すことができて喜びにたえず、直ちに祖先の位牌にぬかずいてその旨を報告し、その足で山下忠方に赴きその好意を謝した。かようなわけで当時は山下忠を救世主のように感じていたところ、右山下は甲原告が右中野から権利証の交付を受けるのをみるや、甲原告に対し「権利証は自分に渡しておけ、お前は借金があるから債権者から取り上げられる虞れがある。自分に預けておけば、不動産は他人に取られる心配はない。」と申し向け、当時右山下を信用感謝していた甲原告は、これを承諾した。そして、甲原告が右山下から借用した金員は、金五、〇〇〇円あての月賦で弁済することになった。ところが、右山下は甲原告との約旨に反し、上記のような各所有権移転登記を経由し、あまつさえ別紙第二目録記載の土地を丙被告に売却してしまった。
と述べた。
乙被告ら訴訟代理人は、「甲原告の各請求を棄却する。訴訟費用は、甲原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として
一、請求原因第一項の(一)の事実および(二)のうち承継取得の点を除き、その余の事実は、認める。
二、同第二項の事実は、認める。
三、同第四項の事実は、認める。
と述べ、抗弁として、
一、山下忠は、甲原告の亡父の浜崎熊太郎から別紙第一目録記載の土地および同第三目録記載の建物について昭和二九年三月一三日鹿児島地方法務局指宿出張所受付第一〇四七号をもって所有権移転登記を受けた中野獅太郎より昭和三七年三月五日付売買を原因として同年同月八日同出張所受付第一、〇三四号をもって適法に所有権移転登記を受けたものである。
と述べ、甲原告の再抗弁は否認すると述べた。
丙被告は、適式の呼出を受けながら本件第一回口頭弁論期日に出頭しないが、民事訴訟法第一三八条の規定により陳述したものとみなされる昭和四一年一一月一七日付答弁書によれば、「甲原告の請求を棄却する。訴訟費用は、甲原告の負担とする。」との判決を求める旨および「別紙第二目録記載の土地は、山下忠を通じて買受けた丙被告沢田嘉明所有の土地である。」旨の記載がある。
(昭和四一年(ワ)第七八号事件関係)
乙被告ら訴訟代理人は、「甲原告は、乙被告らに対し別紙第三目録記載の建物を明渡し、かつ金五万八、一五〇円および昭和四〇年七月一日以降右建物明渡に至るまでの一ヶ月金三、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は、甲原告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、山下忠は、昭和三七年三月一日甲原告に対しその所有にかかる別紙第三目録記載の建物を賃料一箇月金三、〇〇〇円、翌月七日払、期間の定めなしの約定で貸与した。
二、ところが、甲原告が賃料を支払わないので、右山下は甲原告を相手方として指宿簡易裁判所に家屋明渡の調停申立をなし、その結果、昭和四〇年六月七日左のとおりの調停が成立した。
(一) 山下忠は、甲原告に対し右建物を従前通り賃料一箇月金三、〇〇〇円、翌月七日払いの約で引続き賃貸する。
(二) 甲原告は、右山下に対し昭和三八年九月分から昭和四〇年四月分まで滞納賃料金五万八、七五〇円から、甲原告が右山下のため立替支払った電気料金六〇〇円を差し引いた金五万八、一五〇円を昭和四〇年八月一五日までに右山下方に持参して支払う。
(三) 甲原告は、右山下に対し昭和四〇年五月分の賃料は、昭和四〇年六月一〇日までに右山下方に持参して支払う。
(四) 調停費用は、各自負担とする。
三、しかるに、甲原告はその後、昭和四〇年五月分、六月分の賃料各金三、〇〇〇円を支払ったのみで、前記調停条項を履行しないから、右山下は、昭和四〇年一二月一九日付内容証明郵便をもってさらに昭和四一年一月八日までに右条項を履行すること、もし不履行の場合は、上記賃貸借契約を解除する旨の停止条件付契約解除の意思表示をなし、右意思表示は昭和四〇年一二月一九日甲原告に到達したが、甲原告は昭和四一年一月八日までにその履行をしない。
四、よって、右山下忠の相続人である乙被告らは、甲原告に対し右建物の明渡しと滞納賃料金五万八、七五〇円並びに昭和四〇年七月一日以降昭和四一年一月八日までの一箇月金三、〇〇〇円の割合による賃料および同年同月九日以降右建物明渡ずみに至るまでの一箇月金三、〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払いを求める。
と述べ、甲原告の後記抗弁は否認すると述べた。
甲原告代理人は、主文第三項、第四項と同旨の判決を求め、答弁として、
一、請求原因第一項は、否認する。
二、同第二項の事実は、認める。
三、同第三項のうち、その主張のような停止条件付賃貸借契約解除の意思表示が甲原告に到達したことは認めるも、その余の事実は否認する。
と述べ、抗弁として、
一、上記調停は、甲原告の錯誤に基づいて成立したものであるから、民法第九五条の規定により無効である。
と述べた。
(証拠関係)≪省略≫
理由
(1)(昭和四一年(ワ)第一八号事件関係)
一、まず、甲原告の乙被告らに対する請求について判断する。
(一) 別紙第一および第二目録記載の各土地および同第三目録記載の建物がもと甲原告の実父である亡浜崎熊太郎の所有であったこと、右熊太郎は昭和二九年三月一三日鹿児島地方法務局指宿出張所受付第一、〇四七号をもって中野獅太郎のために所有権移転登記をなし、右獅太郎が昭和三七年三月八日同出張所受付第一、〇三四号をもって山下忠のために同年同月五日付売買を原因とする所有権移転登記をなしたことは、当事者間に争いがない。
そうだとすれば、右山下は、右土地建物についての所有者であると推定されるところ、甲原告は、右山下のための所有権移転登記は真実に反する無効のものであると主張するので、次に判断する。
≪証拠省略≫並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、次の事実が認められる。
甲原告の実父である浜崎熊太郎はその生前中野獅太郎から数回にわたり金員を借り受け、右借金の担保としてその所有にかかる別紙第一および第二目録記載の各土地と同第三目録記載の建物につき昭和二九年三月一三日鹿児島地方法務局指宿出張所受付第一、〇四七号をもって右獅太郎のために昭和二八年一〇月四日付売買を原因とする所有権移転登記をなした。ところが、右熊太郎は、右借金の返済をすることができぬまま、昭和三四年九月六日死亡した(この事実は、当事者間に争いがない)。甲原告は、右土地建物を右獅太郎から取り戻したいものと考えていたが、金策がつかぬまま月日を重ねるうち、たまたま昭和三七年三月初め頃隣人の山下忠が甲原告に対し「いつまでも中野獅太郎名義のままにしておくと、他に売却されたりして取り戻すことができなくなる。金は自分が出してやるから、借金を返済して上記土地建物を取り戻してはどうか」という趣旨の話をもちかけた。甲原告は、右山下の申し出をきいて喜び、これを承諾し、早速右獅太郎と交渉し、その結果、上記土地建物の時価が金二三万五、〇〇〇円位の相場であるところから、前記借金を金二三万三、〇〇〇円にまけてもらい、その所有権を甲原告に戻してもらい所有名義を右獅太郎から甲原告に変更することに同意をとりつけた。ところが、右山下は、右金員が自分のところから出ていることを口実に、甲原告が右獅太郎から返還を受けた権利証および売渡証と名義変更に必要な委任状等の書類を右山下に預けておくことを要求した。甲原告は、右山下を信用していた時でもあり、また上記金員を借り受けた時でもあったので、これを承諾し、前記書類を右山下に交付したが、右山下は右書類を用いて甲原告に無断で別紙第一目録記載の土地と同第三目録記載の建物を自己名義に所有権移転登記し、また同第二目録記載の土地を丙被告沢田に代金四五万円で売渡す旨丙被告の妻の訴外沢田タミヱに申し向け、その代金の内金三五万円余を受取って、所有権移転登記をなした。右沢田タミヱは、それより前、丙被告名義の預金通帳を右山下に預けており、右山下はこの預金通帳から甲原告に融通した上記金員を引き出し、そして、上記土地建物を自己名義にするかたわら、丙被告に対する借金の返済を免れるため、同第二目録記載の土地を上記代金で丙被告に売渡し、その代金をもって右借金を相殺したもので、自分の手許から一銭も支出をせず、いわゆる他人のふんどしで相撲をとって不当にも同第一目録記載の土地と同第三目録記載の建物を自分のものにしてしまおうとした。
≪証拠判断省略≫
そして、右山下忠が昭和四二年一月一一日死亡し、乙被告らがその相続人として山下忠の権利義務を包括承継したことは、当事者間に争いがなく、右争いなき事実と上記認定事実とを綜合すれば、上記土地建物が甲原告の所有に属するもので、山下忠はこれにつき所有権を有するものでないことが明らかであり、従って、甲原告の乙被告らに対する本訴請求は理由があるから正当として認容すべきである。
二、次に甲原告の丙被告に対する請求について、判断する。別紙第二目録記載の土地につき昭和三七年三月八日鹿児島地方法務局指宿出張所受付第一、〇三五号をもって丙被告のために所有権移転登記がなされていることは、当事者間に争いがないところであるが、上段判示の事実から明らかなように、右土地は甲原告の所有であり、丙被告はこれにつき何らの権利も有しないから、甲原告の丙被告に対する本訴請求は、理由があり、正当として認容すべきである。
(2) (昭和四一年(ワ)第七八号事件関係)
一、請求原因第一項の事実は、これを肯認するに足る証拠はなく、同第二項(調停の成立)の事実は、当事者間に争いがない。
二、甲原告は、右調停が法律行為の要素に錯誤があるから民法第九五条の規定により無効である旨主張するので判断するに≪証拠省略≫によれば、山下忠は、甲原告に融通した上記金二三万五、〇〇〇円(内金二、〇〇〇円は甲原告がタクシー代として中野獅太郎からまけてもらったもの)を毎月金五、〇〇〇円あて返済すればよいと申し向けながら、その後甲原告が三回位しか履行しないのに腹を立て、上記建物の所有名義が山下忠にあることを利用し、甲原告が右建物に居住できるのは、一箇月金三、〇〇〇円の賃料で右山下から賃借りしているからだと虚構の事実をでっちあげ、指宿簡易裁判所に対し右賃料の不払いを理由とする賃料請求等調停事件(同庁昭和四〇年(ニ)第一号事件)を申立てた。甲原告は、右建物が自己の所有に属する以上、賃料を支払う必要はないと抗争したが、調停委員の一人である桑鶴良助が右建物が甲原告の所有に属するかどうかは、訴訟によって解決すればよいのだから、兎も角この調停に応ぜよと述べたので、いずれにしても当時甲原告は右山下に上記借金の返済をしなければならぬ立場にあったことを考えあわせ、この調停委員の、訴訟において争えばよいとの言を信じて右調停を成立せしめたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実と上段判示の事実とをあわせ考えると、右調停は錯誤に基づく無効のものと解するのが相当である。
そうだとすれば、乙被告らの甲原告に対する本訴請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく理由がないから、失当として棄却すべきである。
(3)(結論)
よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉野衛)